介護・福祉と司法書士。接点のない領域と思われがちですが両者をうまく組み合わせる事で高齢者とご家族の生活サポートを多面的に実践することができます。田辺さんもそのお1人です。福祉と司法の実例や見えてきた課題に迫ります。
にいがた県央司法書士事務所 代表司法書士、株式会社田辺喜平商店 専務取締役
田辺 俊樹
にいがた県央司法書士事務所 代表司法書士、株式会社田辺喜平商店 専務取締役と二束の草鞋で地域住民のサポートを実現。司法書士としては終活(成年後見m遺言、家族信託等)を通じて生活サポート。田辺喜平商店として福祉用具に関する相談支援ならびに老人ホームの紹介事業などを実施。司法と福祉の両側面からのアプローチにより多面的な生活支援を実践。
※所属等はヒアリング当時のものです
福祉・介護と司法を一体として事業展開をしておられますが、具体的な活動内容を教えてください。
福祉用具貸与ならびに居住支援としての老人ホーム紹介の事業を株式会社田辺喜平商店で展開しております。また終活(成年後見、遺言、家族信託など)や相続のご相談を司法書士として日々お請けしてます。両者ふたつを掛け合わせて「にいがたシニアトータルサポート」(略称「シニアトータル」)と銘打ち、新潟県加茂市に事務所を構えて活動をしております。
日頃、介護・福祉のスペシャリストであるケアマネージャーやMSW(病院に配属されている医療相談員)の方達のアセスメント内容等を伺っていますと、福祉的な観点からいつも勉強させていただいております。ただ、一方で高齢者の方のこれからの暮らしを多面的な視点で見ると、福祉的な要素だけでは対応できない側面が潜在していることが多くあります。例えば今後認知症等が進行しご家族がお近くにいない場合ですと、金銭管理はじめ日常生活を営む上で必要な契約行為等のサポートが必要になってきます。またご本人の亡き後、つまり相続という話になってくると、それこそご本人だけの問題ではなくなりご家族・ご親族の問題ともなってきます。これらの目につきにくいお悩み・問題に対して、中長期的な視点で暮らしをサポートしていくためには「福祉・介護・医療、そして司法」という切り口がどうしても必要な局面がやってきます。私はケアマネジャーやMSWの専門職の方々と福祉用具貸与、居住支援の仕事でかかわるいっぽうで、必要とあれば司法書士として法的サポートを提供して連携させていただいております。これらが両軸をなして「シニアトータル」すなわち『介護から終活・相続まで』という形で事業展開させていただいており、福祉、介護、医療との専門職の方達と、互いの強みを生かし合いながら最良な形でご高齢者とそのご家族のサポートができれば良いと考えております。
どのようなことがきっかけとなりこのような形での事業展開となったのですか?
私は平成10年に司法書士の資格を取り、以来、登記・裁判所手続きの専門家としてキャリアを積んできております。一方で、当初より、父が社長を務める家業、福祉用具の株式会社田辺喜平商店(以下、田辺喜平商店)を継がなくてはいけないという事情がありました。
少子高齢化がますます進むなか、気がつけば私の司法書士としての業務はその大半が成年後見や相続業務となっており、ご高齢者とそのご家族と関わる日々が続いておりました。ある日のこと、司法書士としてかかわっていたクライアントが、会社から福祉用具をレンタルしていただいていたお客様でもあったというエピソードがありました。
また、あるご一家のお父様がお亡くなりになったご相続の手続きのご相談の際、親元を離れ都会に住んでおられるお子様から、「実家で父と暮らしていた母はひとりぼっちになってしまいました。もの忘れも多くなっているので一人にしておくことが心配です。どこかよい老人ホームがあればいいのですが知りませんか?」などとご相談を受けることがありました。ほぼ同じ時期に、父の会社のほうも福祉用具をお使いいただいているご家族から、同じような相談を受けるようになっていました。「介護疲れで家族全体が参ってしまいそうです。在宅での介護はもう限界なので特養に入れたいのですが、どこも満員でいつ入れるかわかりません。どこかすぐに入れる老人ホームを知っているなら紹介してほしいです。」などと切実なものでした。
また、私が司法書士であることを知っておられる田辺喜平商店のお客様が、私に終活や相続に関する相談に乗ってほしいと言われていると、同社から紹介を受けることが増えてきました。
これらのお客様の生の声に、今のような事業展開の可能性を感じました。それと同時に、何より私は今まで縦割りの観点でクライアント・お客様と接していたと痛感するとともに、福祉・司法に関する両方のニーズ・課題を抱えていらっしゃる方やご家族が多いことに気づきはじめました。
私はこう考えました。「増え続けるご高齢者とそのご家族の生活サポートは、福祉・介護・医療の面からだけでは認知症対策や相続対策に目がとどきにくい。また一方で、司法書士業務での関わりだけではご本人とご家族の実生活上の真のニーズが捉えにくい。これからは、ワンストップで、福祉・介護と法律業務の両面から、お一人のご高齢者とそのご家族と関りを持たせていただくことが、真の日常生活サポートに繋がるのではないか。」そして、父である社長と熟考を重ね、株式会社田辺喜平商店は「介護部門」として福祉用具のレンタル・販売と老人ホーム紹介の事業を、にいがた県央司法書士事務所は「終活部門」として成年後見・遺言・相続に関する業務を、ご高齢者のライフタイムに沿ってワンストップでトータルサポートしようと決めたのです。
今となっては両方の領域が私の仕事となっておりますが、私のルーツは司法書士であり、少子高齢化の流れに沿って司法書士業務を展開していった結果、福祉・介護の分野にもその活動の場が広がったイメージです。そこに至るまでには、今まで司法書士業務で出会わせていただいたケアマネージャー、相談員、MSWなど多くの福祉関係や行政の方々から介護保険の仕組みや福祉制度全般において様々なことを教えていただき、感謝しております。現在もたゆまぬ勉強の日々が続いております。
田辺さんの今後のビジョンとそれを実行するにあたり課題と感じていることがあれば教えてください。
先述のように、司法と福祉が私の中でようやく一つになり始め、手前みそですがある程度の実績もでき始めたと感じております。今後のビジョンとしてはそのような関りができる事例を一つでも多く増やしていき、「福祉・介護・医療、そして司法による支援のワンパッケージ」が標準化されることになることを目指していきたいです。そのためには福祉関係者と行政の方々と同じフィールドでの連携をますます強めていければと考えております。
ご利用者(お客様)、関係者、私どもの「三方良し」の関係性を当たり前のものとしていくことが私の目標であります。
そのための課題は、「敷居を取り払うこと」。一般に、福祉・介護の専門職の方は、法律専門職に対して敷居を高く感じられていることが多いように思われます。でも決してそんなことはありません。法律の専門職も、お一人の高齢者、その周囲のご家族を支えるという点では、福祉・介護関係者の皆様と全く変わらない立場であり、僭越ながら「同じ土俵に立つ仲間」であると認識していただければ、と思っております。
たしかに終活、相続等の法律業務は専門家の領域ではあります。しかし、福祉・介護関係の方々が法律の介入の必要性に気づいていただくこと、そして気づいていただけたなら早期に専門家につないでいただくこと、この2つが福祉・介護関係の皆様にお願いしたいことです。「気づかないこと」、「つながないこと」で、潜在する法的なトラブルが放置されてしまう不幸な事態に陥ることもあります。ご高齢者の周囲には法的トラブルが潜在する可能性があることだけでなく、法律専門職が身近な存在であることを知っていただくため、各種の地域ケア会議、多職種勉強会など、様々な集まりに積極的に参加させていただき、「仲間」として認識していただければ幸いです。
一方で福祉・介護の専門職の方達からしてみれば、私を含め法律専門職は一般に福祉介護の現場において知識・経験ともに未熟であります。私はこの職種の皆様方に並々ならぬ感謝とリスペクトの気持ちを抱いている法律専門職の一人であり、今後も皆様から多くの事を学んで行きたいと思っております。
繰り返しになりますが、福祉・介護・医療の専門職と、法律の専門職とが、互いの足りないところを補填し合い、互いの強みを生かし合い、ご高齢者とそのご家族のために連携していくことが当たり前である社会の到来を望んでいます。